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3年生送別会

送別会だ送別会だ!
2月も終りに近づいたころ3年生は卒業式を目前にしていました。3送2 [800x600]

今年もそんな卒業生を見送る企画を後輩や、保護者会の皆様のご協力のもと、開催することが出来ました。お料理は保護者に皆様によって用意していただきました。学生たち感謝!
なんと今年は寿司が。これは世の中寿司が1皿100YENを切る時代になったおかげ。
おいしくいただけました。3送1 [800x600]

最初は特に卒業なんて関係なく料理をむさぼっていた学生ですが、ゲームなどをしてその後いきなり静かなムードに。
いきなりの花束贈呈ですこしなごりおしい表情になる3年生。3送3 [800x600]

この本庄第一高等学校美術部は長い歴史がある。今年で本一美術部としては20年!本庄女子高等学校時代から数えると美術部生誕31年目となる。
創始者、菅野公夫先生時代は、日本一の美術部を目指そうという指導を徹底し。H18年には北埼玉のデパート「八木橋」のカトレアホールという所で高校美術部としては異例の企画展示、菅野先生の自伝「ピカソがライバル」出版。など活動も頂点の時代があったのを覚えています。この時は間違いなく高校美術として日本一と言えたと思います。しかし、残念ながら先生のお体の不調で高校教員としてのお仕事は続けられないとしてご退職。現在は社会人の方を中心に絵画指導をつづけていらっしゃいます。
現在は棚澤が後を引き継ぎ部活をしております。
現在の部活は昔の「体育会系美術部」とか「軍隊式美術部」とある先生は「菅野教」というまるで宗教団体のように言ったこともあったようで、それほど、厳しくスパルタ美術部という認識が世にも浸透していたようです。
そんな美術部で私も学びました。いまは棚澤美術部となり4年が経過したわけですが、学生はどう感じているのでしょう。スパルタ教育とかカリスマ教育など様々な呼ばれ方のこの美術部を私はどのように運営しているでしょう。自問自答しながらも3年生を送りだす日にはまだまだ「ごめん本気でやりきれてないかも」という気持ちが出てきます。
しかしながら同時に「菅野先生時代とは違いこの子たちはきっと自から学ぶ心を持っている」と感じるのです。世の中厳しいですが、その向かい風に負けないで突き進んで行ってくれたらなと感じるのです。
後輩たちも先輩の言葉を聞いて、悔いの残らない高校生活を満喫してもらいたいと思います。3送4 [800x600]

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